音楽評論家の横檬(よこも)です。
初めましての方々、どうぞよろしくお願いします。
今回の記事から主に楽曲作品の評論を執筆することになりました。
執筆するようになった経緯は後日改めて書こうと思います。
建水氏から新しい音源をリリースしたとの連絡があり、締め切りの関係で急遽出張先近くの砂浜で記事を書いています。
【楽曲:Eleanor Plunkett(エレナー・プランケット)】
Shizuku Kawahara : Tin Whistle
Hosei Tatemizu : piano, arrangement, mixing, mastering
released September 25, 2023
ティンホイッスルとピアノの作品。笛の音に国境を越えた郷愁感があり、いつしか目の前にヨーロッパの田園風景が広がる。
【伝承曲??】
今回は彼がメインでやっているTINÖRKSではなく、Flauto Air(フラウト・エアー)のプロジェクトそしてカバー曲ということで少々とまどった。(建水氏はオリジナル曲へのこだわりが強いという事前情報を得ていたからだ)
Flauto Airはアイルランドやスコットランドなどの伝承曲をコード進行やメロディーを現代的にアレンジして笛とピアノでカバーするコンセプトだそうで、TINÖRKSのポップなエレクトロニカの曲調とはまったく違うシンプルなサウンドが特徴。
曲は17世紀アイルランドの伝説的な盲目のハープ奏者で作曲家でもあるターロック・オキャロラン(Turlough O’Carolan)の代表曲のひとつ「エレナー・プランケット」をカバー。
【ターロック・オキャロラン】
トゥールロホ・オ・カロランと表記されることもある。今日知られているだけで200を超える曲を遺し、アイルランドに於て「国民的作曲家」「アイルランド最後の吟遊詩人」と称せられている。彼の哀愁を誘う作風は、広くかの国民に愛され、今もなお多くの人に弾き継がれている。
引用元:wikipedia
'All the Saints of Ireland', tonight, July 21, at 7pm on @RadioMariaIRE will feature St Etto of Dompierre, The Apostles and Irish traditions, St Ossin and his 50 monks plus the history of the relics of St Oliver Plunkett. Not forgetting the music of Turlough O'Carolan! pic.twitter.com/GdrGUcwjH0
— Omnium Sanctorum Hiberniae (@OmniumH) July 21, 2023
youtubeでカバーされている曲がたくさんあるので聞いてみたが、同じ曲であっても演奏者ごとに楽器が異なったり、全く違うリズム、間合い、抑揚などがあり、それが伝承曲ならではの味の部分であることが分かった。そしてクラシックやJ-POPなど他のジャンルにおけるカバーのやり方とは異質なものを感じた。
それは悪い意味ではなくオリジナルの曲自体が洗練されていないこと、つまり、演奏者が楽曲自体に縛られず自由に味付けができることを意味していると推測できる。
彼らがFlauto Airでこれまでにカバーした曲がいくつかあった。
Hector the Hero
sheebeg and sheemore / Sí Bheag, Sí Mhór
Give me your hand
【曲の背景にあるもの】
エレノア・プランケットは、ミース県ロバーツタウン(Robertstown)で、カロランが最後に仕えた主人である。音楽的にとてもユニークな曲として知られる。前半6小節、後半10小節の2つの楽節から成り、多くの場合、それぞれ2回ずつ繰り返して演奏されるが、西洋音楽的な終止の形をとらず、ト調(G)でありながらニ(D)の音で終わる。
引用元:wikipedia
【アレンジ】
フルートやティンホイッスルとピアノのアンサンブル。ピアノが対位法でカウンターメロディーを担う部分があるとはいえ、基本はメロディーとコードによるハーモニーで展開されている。
Gmaj7のキーでありながらメロディーの最後はラ(A)で終わっているためなんとも言えない余韻が残る。
これは筆者の想像だが、オキャロランは仕えていたエレノア・プランケットに対して恋心を抱いていたがそれは到底許されない想いであった。その心情がメロディーの起伏やあえて余韻が残るような終わり方に表れてはいないだろうか。
叶えられない恋に対する揺れる気持ちを代弁するかのような抑揚が彼によるハープで奏でられていたかもしれない。
建水氏によるアレンジにおいてコード進行に焦点をあててみる。
Gmaj7で切なさをともなってはじまり、4番目に登場するC#m7/b5の響きが心の衝動を抑え込むような印象を生んでいる。その次に出てくるA7の響きでさらに不安定な感覚になりつづくDのコードの登場で心がほっとするような解放感のままGmaj7へと落ち着いている。
単純にG→C→Dのスリーコードで展開させずに心の微妙な動きを響きに置き換えるような興味深いコード進行である。
またメロディーを担当する川原雫の奏法はティンホイッスル(アイルランドの縦笛)特有の装飾音符を多用したパフォーマンスを披露し、微妙なピッチ(音程)の揺れとともに存分に才能を発揮している。
構成される楽器は笛とピアノでかつメロディーが素朴な音色でありながら、人力で生楽器を演奏していることによる暖かみも伝わってくる。
ある程度インテンポで演奏しつつ、演奏者自体、そして生楽器のアンサンブル特有のリズムの揺れはリスナーに安心感を感じさせてくれる。
欲を言えば、ライブでも聴いてみたいのと、例えばアイリッシュフルートや他楽器を足したアレンジも聴いてみたい。
【音源販売】
https://flauto.bandcamp.com/album/eleanor-plunkett
音源はFlauto Airのbandcampにて販売されている。またティンホイッスルのパートをミュートしたピアノだけのいわゆる伴奏だけの曲も購入できるとのこと。
また笛とピアノのアンサンブル譜も販売されているので、興味がある方は実際に自分なりの表現で演奏してみても面白いかもしれない。
譜面販売(PDF)https://store.piascore.com/scores/222687
オキャロランが活躍していた17世紀に作られた曲を約400年後の現在も演奏されていることに少なからず驚きがある。音楽が受け継がれていることが素晴らしいし、時を超えて同じメロディーを奏でることに音楽、もっと言うと音の振動の持つ神秘性を感じざるをえない。
建水氏に伺うとFlauto Airの活動は表立ったものではないとのことなので、連続的なリリースは難しいとは思うのだが、今後彼らがどの伝承曲をチョイスし、それをどのように解釈、表現するのか期待してしまう。
ひとまず「エレナー・プランケット」を聴きながら、砂浜が遠のき目の前に広がる中世ヨーロッパの田園風景にゆったり浸りたい。風が少し冷たい。もうすぐ秋。
横檬