この記事は以前自分の他のブログに投稿した記事(2021年1月31日)を転載しています。
【きっかけ】
TINÖRKSでリリースした「MORINO HAJIMARI」のアナログレコードで気になっていたことがあります。レコードプレーヤーで再生した際になぜか左チャンネルが右チャンネルよりも音量が大きい。実際にPCで録音して波形を見ても3dBくらいの差がある。そこでマスタリングの波形をもう一度確認したり、2mixの波形も確認したけど、体感的にもやっぱり問題ない。
ということはレコードプレーヤーの問題か、カートリッジ、レコード本体、フォノケーブルのどれかに原因があると。
【切り分け】
フォノケーブルは別のものに替えても症状は同じだったので、プレーヤーの出力端子の出の所でケーブルのLRをテレコにして切り分け。そうすると音量の大きさが左から右チャンネルに移る。この時点で被疑箇所はフォノケーブル以外になる。
次に再生するレコードをYMOの「ソリッドステイトサヴァイバー」に替えてPCにて録音。波形を確認すると、やや左チャンネルが大きい。1dBくらい。ただし体感的に音量の偏りはほとんど感じない。
ダメもとでカートリッジとトーンアームの接続をやり直して、再度MORINO HAJIMARIのレコードを再生しても現象は解消せず。水平器のアプリを使ってプレーヤーを置いている棚の傾きを確認するも問題なし。
【考察】
ということはプレーヤーの内部かMORINO HAJIMARIのレコード自体に問題があると推測。もしプレーヤーの内部に原因があるんだったらYMOのレコードの再生時もまったく同じ現象になるはずだけど、そうはならない。ということはレコード自体に問題ありかと悶々としながら、解決策を考えてました。
(ちなみにMORINO HAJIMARIをレコードからPCへリッピングした際はオーディオインターフェイスのプリアンプで左右の音量差が出ないように、ミックスの音量イメージになるように整えています)
それで、以前訪れてYMOのLPを購入したチコタンレコードに自分のLPを持って行って確認してもらおうと、今日行ってきました。
【結論】
結論を言うと、レコード自体、ダイレクトカッティングする時に原因があると判明しました。ただし、それよりもレコードについての深さ、もっと言うと音楽についての考え方が覆ることがありました。自分にとって大切なことなので、備忘録としてここに書き記そうと思います。
【指南】
チコタンレコードの店長さん曰く、そもそもレコードを「ダイレクトカッティングする」つまり「レコードに直接溝を掘って音の振動を記録する」という作業は高度な技術が必要であり、技術を習得した職人の方がするということ。音源はステレオなので左右のチャンネルの信号を正確に記録するために慎重に溝を掘る。もしも針の位置、溝の幅がずれると音量や音質にも影響する。それほど繊細な作業。個人的には丸太を掘って彫刻作品を作るイメージかなと思いました。
上記のことを分かった上で、本来ならレコードに落とすための2ミックスを考えるのが、今回の問題に対する根本的な解決策であると知ることができました。
ダブプレートを依頼してから2週間くらいかかるのは、そもそも時間がかかる作業なので仕方がないとのことでした。
【論点はステレオミックスへ】
店長さんとの話はLRチャンネルのバランス、ステレオミックスへと展開していきます。(結局2時間半くらい話をしてた)
ずっと以前、レコードプレーヤーが全盛期の頃は、プレーヤーを買うと必ずリファレンスレコードが付属していたと。つまりリファレンスレコードをそのプレーヤーで鳴らし、解説書に記載されている通り左からは〇〇の音、右からは□□の音が鳴っているか、位相のずれはないか、高音、低音はきちんと鳴っているかなど、たくさんの項目をチェックしながら、プレーヤーで音のバランスを整えるための設定作業をしていた。
ダイレクトカッティングで作るレコードは人が手作業で行う。したがってミックス通りのイメージを100%レコードに記録することは不可能なので、再生するプレーヤーの方である程度調整する必要が出てくる。
今回の例でいうと、MORINO HAJIMARIのレコードは左チャンネルの音量が右よりも大きい。つまり2台のスピーカーの真ん中に立って聞くと左に偏って聞こえる。なので、アンプのステレオバランスのつまみを右寄り(右のチャンネルの音量を大きくする)にすると左右の音量バランスが等しくなるので違和感はなくなる。
ステレオミックスにおいて、ベーストラックは基本的に左に位置する。これはピアノの低音部が左に位置するのと理由が同じで、理屈ではなく、人間の心理的な要素が関係している。理由はベースが左チャンネルに位置していると、聴いている人は安心感がある。同じ理由でギターは右チャンネルに位置させる。
こういうミックスのセオリーはすでに1968年くらいに確立している。実際にビートルズの『Revolver』のレコードをかけてくれて店長さんが解説してくれました。しかしながらそのセオリーを逆手にとってベースをわざと右チャンネルに持ってくるなどのミックスの手法もあると。結局の所、音楽に正解はない。(納得)
僕自身、音楽でミックスする時は基本リズム系の低音は定位を真ん中にするように思い込みがあり、左に位置させるなんてと思ってました。けれど、聴いてみればベースが左に寄っていても違和感はないし、逆に心地よく聞こえました。
年代とともに変化するミックスの変遷みたいなことを何枚ものレコードをかけながら解説してくれたので、体感から経験できて良かったのと、いくつかのドラムトラックの質感があまりにも良かったので、感動して涙が出そうになりました。(初めての経験)
【質感がきれいすぎる】
そして自分のレコードの楽曲の質感があまりにも綺麗すぎることに愕然としました。全然ざらついていないし、空気感がない。まるで真空パックされた植物のよう。空気がきれいな場所で悠々と呼吸をしている植物ではなかった。
店長さん曰く、2ミックスを一度カセットテープに落とせば、この質感に近くなるのではないかということ。カセットMTRをすでに手に入れているので今度試してみようと思いました。
また、ホールを貸し切っての生演奏をそのままダイレクトカッティングでレコードに録音した名盤、クラシックギタリスト山下和仁さん1977年4月録音「禁じられた遊び~華麗なるギターサウンドエフェクト」聴きながら、店長さんの解説。
このレコーディングはホールにレコードカッティングの機材を運び入れ、一発勝負で録音した音源で、同封の解説書には、使用した機材からマイクセッティング図、配線図が記載されている。当時はこういうマニアックな情報がレコードに同封されているのが普通だったと。
【時代を経て変わるもの】
ストリーミング全盛の今では、ともすれば誰が作ったか分からないまま、わざわざ低音質でリスナーが音楽を聴いていることも日常茶飯事だと思うけど、レコードの時代は録音エンジニアは誰で、カッティング技師は誰で、どの機材を使って、こういうセッティングでという情報までもリスナーに届ける、リスナーはそれすらも興味があるということが当たり前だとしたら、音楽を作る方も聴く方もどちらも「こだわり」という要素を大切にし、音楽を作る過程までも価値として提供、享受していたんだと思います。当時の音楽に対する価値観が時を超えて伝わったような気がしました。
【製作者のこだわり】
大部分の音楽が文化ではなく、大量生産のもと制作コストを下げただけの消費物になってしまった現在。音楽を聴くということが便利になったということは素晴らしいことなので、否定する気はないですが、音楽を生み出すときの緊張感であったり、こだわりがどれだけあるかまでも失うというのは、何か根本的に違うような気がしています。
【ささやかな気づき】
時間や手間をかけないで作られた音楽ばかりが溢れるのではなく、過去のミュージシャン、職人エンジニア、技師たちがそれぞれの技を注ぎ、形に残してきた音に改めて耳を傾け「本当に良い音とは何か」を改めて考えた上で、それを超えた音楽作りにチャレンジすることが大切なんじゃないかなと気づきました。温故知新。
いつからか過去と断絶された音楽の歴史の中で、ある意味レコードやカセットテープの存在は、芳醇な音の時代と今とをつなぐ唯一のツールのようなもの。
音楽の作り方、ミックス、表現など偉そうなことをついつい言ってしまう自分が、アナログの音についてほとんど知識やスキルを持っていないことに恥ずかしくなったし、アナログの奥深さを知れて、そこに可能性を感じることができたのは、素晴らしい経験でした。
チコタンレコードの店長さん、貴重な話を聞かせていただいて、音楽についての示唆さをいただけたこと、心から感謝しています。ありがとうございました。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
ほせい